一宮市恵林寺のブログ

愛知県一宮市恵林寺と関口道潤に関する坐禪会の提唱その他を紹介します。

2021年05月

 内山興正老師は平成十年(1998)313日享年86で歳で遷化されました。内山老師は安泰寺6世住職ですが、生前、老師にお願いして一宮市惠林寺の4世となっていただきましたので、当寺にも分骨し、位牌と石塔が建てられています。私は老師が遷化される5年ほど以前の正月に、この頂相を写して、老師の許に行き、賛をお願いしたのですが、そのような仕事には興味が無くて、鄭重にお断りされました。それでも私はこの絵を老師の許に置いて帰りました。昨年2月桂子奥様が亡くなられましたので、老師の遺品の大半は私が引き取ることになり、遺品を整理していると、私の描いた頂相もそのまま置いてありました。私は「はやり書いて頂けなかった」と思っていましたが、別な場所に幅41cm高さ30cmの黒い厚紙に白のポスターカラーで「祇管生死」と書かれた詩を発見しました。「これは善い形見が頂けた」と喜んで持ち帰ったのですが、内山老師の23回忌も過ぎた、今年の4月、少暇を得ましたので、以前に描いて途中になっていた老師の頂相を完成させようとして、その賛語になる適当な筆痕を探しているうちに、この「祇管生死」を思い出し、寸法を測ってみると、頂相の賛語にピッタリでした。私はこの時初めて「師匠が私のために、用意してくれていたのだ」と気が付きました。老師は晩年、「若いうちは祇管打坐だけど、年を取って足が組めなくなったら念仏だ」と言っていました。そうはいっても老師が晩年、いつも念仏を唱えていたということは、あまり目にもしなければ、聞きもしませんでした。それとは別に幾つもの詩を作り、『生死発句集』としてまとめていました。この詩はそこに納められていますが、この黒い板の文字は明らかに、弟子の私に対しての形見として残してくれていたものだと受け止めています。

「実物のいのちの深さで生き死にす どっちへどうころんでも御いのち 

いまこの実物こそ御いのち 無有生死の祇管生死」

正しくこれは内山興正老師の遺偈と言ってよいでしょう。

「南無本師道融興正大和尚、生生世世知遇頂戴」

です。(一宮市惠林寺五世関口道潤敬って写す。)

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4 0年程以前に、この寺に移ったころ、ここには十六善神の図がなかったので、隣寺からお借りして複製しました。以後その掛け軸を大般若会の本尊としてお祀りしてきましたが、最近になって、別な寺院さんから、私にその図を描くようにと依頼がありました。もう年だし、あまり気力もなかったのですが、是非にということで描き続け、一か月ほどで完成しました。まだ表具をしていませんが、連休明けに表具屋さんが取りに来てくれるそうです。現在本堂の壁に掛けてあります。正面に釈尊、その下に文殊普賢の両菩薩が控え、さらにその下に玄奘三蔵、深沙大将と曇無竭菩薩(法上菩薩)薩陀波崙菩薩(常啼菩薩)。四天王、十二神将、善哉童子などが入っています。古い文献では、阿難尊者や観音菩薩との表記もありますが。今回は一応このようなメンバーとしておきます。丈は125cm、幅は55cmの絵絹に書きました。
大般若会の疏に「薩陀波崙の極信心を覚し、広大般若の功徳力を仰ぐ」とありますが、私は若いころ、この薩陀波崙の意味が分からなかったのですが、これは鳩摩羅什譯の『小品般若波羅蜜經』卷第十に出てくる菩薩の名前です。般若の智慧を求めて東方世界の法上菩薩に法を問うために苦難を重ねた物語があります。この菩薩は、
悪世にあって衆生の苦しむ姿を見て、常に泣いているといわれるとされます。梵文で書かれた『八千頌般若經』にはSadqprarudita薩陀波崙=常啼菩薩)と dharmodgata(法上菩薩)の物語として出ている。八千頌般若經』と『小品般若波羅蜜經』とでは、登場人物が少し異なりますが、常啼菩薩が、智慧の完成を求めて森の中で修行していた時、「東に行き智慧の完成を得なさい」という空中の声を聞き、更に智慧の完成を求める心構えを聞き、如来から常啼菩薩の到達す東の国の様子、教えを説く法上菩薩について教えられ、東へ向ったものの、法上菩薩に敬意を表すための供物がないことに気づき、自分の身体を売った代金で法上菩薩に敬意を表そうと考える。ところが悪魔の妨害により買い手が見つからない。次に帝釈天が常啼菩薩を試す。バラモンの若者の姿で現れ、常啼菩薩の心臓、血液、骨、髄を求め、常啼菩薩は刃物を身体に突き刺し、これらを与えようとする。そこへ長者の娘が現れ、 常啼菩薩のなしている責苦は不必要だと気が付かせる。常啼菩薩は法上菩薩のいる東の国に到着する。そこで常啼菩薩は無上の法悦と大きな智慧を獲得したという物語です。一般的には、玄奘三蔵と深沙大将の説話が有名ですが、むしろ
『小品般若波羅蜜經』に出ている薩陀波崙菩薩の求道の姿が強調されるべきかと考えられます。(惠林寺隠居関口道潤敬写)




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